冨田恵一『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』
時代と普遍性
《Night Fly》の持つ強度
また、一般的な分業体勢ゆえか、職業音楽制作者は楽曲の強度を高める作業が編曲、演奏、録音、ミックスの工程にあると認識する場合が多い。もちろんそれら作業は楽曲に高い強度をもたらす行為であり、音楽制作において重要であるのは間違いない。しかし、編曲以前/以後の工程と分断されることなく、改訂における完全なフレキシビリティが常識となっているフェイゲン=SDチームのような現場と比すれば、根本的な強度に圧倒的な差がでることは否めない。
シンプルなフォーム
和声や歌詞などに通常のポップスよりも複雑な要素その複雑さを正しく伝えるためには伝統的なフォームが必要不可欠であった
例えば、最大公約数的アプローチを目的とするハリウッド映画においては、斬新なカメラ・ワーク""斬新なカット割り”はあり得ても、“新新な時間配分"は主に失敗作を生む。"聴菜の興味の存続”において効果的なのは、まずは”時間配分"なのである。
時間管理の簡素化という観点からはバック・ビートもそうだが、それも含め、シンプルなフォームを貫いたからこそSD作品はポップスの範疇に留まることができたのだ。
SD=フェイゲンの音楽が構造的には極端にポップであり続けたことはきわめて重要なのである。
2006年リリースの《Morph The Cat》にて一部きわめてモーダルな響きを確認できるが、それ以前の作品では特にモードを意識した手法は使われず、強くそれを感じさせる響きも聴くことはできない。ジャズを愛好していたことにもとづく和声やイディオムの使用。それらを自身の感情表現、歌詞のストーリーにフィットさせるため、改変し固定した結果がSD=フェイゲンの音楽である。慣用ジャズ・イディオムそのものとは形を変え、一聴複雑にも聴こえる要素を有効に機能させるため、フォームは一貫してシンプルであったことも述べた。複雑な要素は決して曖昧に提示してはならない。 なぜレコーディングは長期化するのか?
“横の流れ”という言い方があるが、複数同時録音の場合はそれぞれの楽器の“横の流れ”=各楽器演奏のストーリーと、それぞれの楽器間のリズムの合い具合=“縦線”を自然とバランスよく、各演奏者、ジャッジする人間ともに判断しているのだ。個別録音の場合、リズム的な判断はどうしても縦線を基準としたものになりがちである。
あるエンジニアはまる一日をドラムの音決めに費やし、それにつきあっていたドラマーは音決めで体力、集中力を使い切り、レコーディングは翌日になったという話がある。だが、この逸話は徹底的なこだわり、武勇伝として語られるのではなく、"悪い例”としてベテラン・エンジニアの口から語られることが多い。彼らの職人魂は、出ている音を正確に記録、長年の知識と技術、訓練された耳により、瞬時に音質面でのアプローチを決定、問題があれば解決し、プレイヤーには負担をかけないことを誇りとしている。レコーディングの現場では、よい音のためによい演奏を犠牲にしてはならない、という哲学が存在する。 意識すればどのパートも聞き取ることができる曲は、間違いなく良いアレンジ、良いミックスと言えるが、ポップスにおいてヴォーカルは、特別に意識を向けていないとき、または小音量でプレイされたときにでもそのディティールを含め確実に認識できるもの。
「他とは違う声」は上手い下手以前に、それだけでアドバンテージ
一聴して聞き分けられる声質
ラウンドワンで初めて耳にした米津玄師を思い出す。アーティストのことは知らなかったけれど、その声の特異性に最も鮮烈な形で気付かされた。bondbondoo.icon デジタル・レコーディングの黎明期
Night Flyはデジタルマルチ最初期の作品
当時としてはクリアな「良い音」だった
「良い音」は著しく時代に左右される
SDマナーを80sの作品へと変化させたのは、その質感だった
抑えられた低音と(当時としては)多くないリバーブ
打ち込みによるアルバム
質感の変化は、個別のトラッキングや打ち込みのドラム、ドラム演奏のループによる時間管理、ドラム自体の変化によるもの
ボイテクの西田修大
実際にドラマーがレコーディングのためにチューニング、プレイしたものをサンプリングしているため、アーティキュレーションが豊富でサンプリングを悟られにくかった
手法、質感のどちらにおいてもデジ・アナ融合的である
生演奏、生音中心であっても、その演奏は隅々までエディット、もしくはプログラミングされ、それらは曲に安定感を与える。そして、空間処理にはアナログ的な手法を用い、滑らかな質感を実現している。
時代性と普遍性を併せ持つ名盤
成功したコンセプトアルバムに気が削がれる瞬間などない
そうなんでしょうか
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効果と手法の因果関係を探る ナイトフライ各曲解説
https://open.spotify.com/intl-ja/track/6bzwsAtj4TqaBysLDrGiO3?si=5928c3ba67fb4d48
ポップであるということ
「ゆったりとバウンスしたビート」レゲエ的なリズムをイディオムとして、つまりバック・ビートのバリエーションとして解釈する 伝統を排除し、構造だけを取り入れる
リズムに加えて和声もかなりシンプル
冨田ラボ「当時は拍子抜けしたが、それは密なコードや頻繁なコードチェンジにスリルを求める、まだまだ音楽学習者の偏向した時期だったからにほかならない」
耳痛のやつだ
浮遊感
マイナーコードを貴重としているが、硬質な音色、ホーンセクションの牧歌的なメロディ、特にレゲエビートによって明るく保たれており、曲全体が憂いを帯びている
イントロⅠ
イントロ4小節を一回りとし、2巡目にエレピによる2音のフレーズがあり、8小節目最後の音符でオープン・ハイハットのフィルを合図にリズムインする。
イントロⅡ
そこまで白玉だったエレピがリズムを刻む。このベーシックなリフはサビのバッキングにも用いられる。
それが4×4、つまり8小節続く
イントロⅢ
ホーン・セクションによるテーマが入るが、ここでは一転、4小節×2+2小節の計10小節になる。
最後のコードは、Aセクションの最初のコードと同じである。
小節数の引き伸ばしと同時に、イントロの最後とAセクションの最初を同じコードにすることで、秩序立てた曖昧さのバランス、浮遊感の演出の巧みさが際立っている。
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